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言葉を実利で守れ。

世の中の流れに、「守ろう」という意識だけで対抗し、それを継続させることはできるのか。


例えば、インターネットで世界中が繋がり始めた今、徐々に使用する言語の中に英語の割合が増えてくることは避けられないと思う。

特に、PC上での英語比率は年々増えていくと思われる。

そんな中で、誰かが、「日本語を守ろう」と言ったところで、その英語比率は下がることはない気がする。


ロマンだけでは大きな流れには逆らえない。

大きな流れに逆らう、または、その流れさえ生まないようにするには、実利が必要。

ヨーロッパの国々が何百年前の町並みを維持しているのは、プライドやロマンが支えているというよりは、その町並みがあることによって、観光客がくるから。

そういう実利があるから、過去が保たれる。

もちろん、最初は偉い人たちのプライドやロマンが自由な建築を禁止したという面もあるのだろうけど、それが結果として実利を生んだからこそ継続されている。


日本語を話すこと、日本語を残すことに実利がなくなれば、日本は意外とあっさり日本語を捨ててしまうかもしれない。

もちろん、今、既に生まれている人たちがその決断をすることはない(というかできない)と思うけど、100年後は本当に分からない。

ネットでの英語のやり取りが日常生活に徐々に浸透してきたら、それで育った子供はそれが当たり前になるし、その子供の子供はもっと当たり前になる。


今、僕らが日本語を話しているのも、友達や家族、そのほかの日本人と話す時に日本語で話すのが一番楽だし、自然だし、メリットがある、つまり実利があるからこそ使っている訳で、別に日本語を愛しているからという理由が一番で使っている訳ではない。

日本語じゃない言葉を使ったほうが楽に楽しく生きられるなら、そっちを使うだろう。



そんなことを、↓の動画を観ながら考えた。

って、この動画のメインテーマがこれって訳じゃないけど。



--英語公用語 ひろゆき 鳥飼玖美子 --

10:00頃から1分間くらい、ひろゆきが持論を展開するんだけど、その後、鳥飼さんがバッサリ否定するところが一番面白い。